デス・オーバチュア
第252話「最強生物VS最強剣士」



月のない夜空に銀色の光が花火のように弾けた。
例えるなら、一瞬だけ夜空を照らした銀色の太陽。
「あらあら、綺麗な花火〜」
ディアドラ・デーズレーは手にした聖書に視線を向けながら呟いた。
「異界竜の雛ちゃんが咄嗟に空へ飛び上がらなかったら、この島自体が吹き飛ぶところだったわ……まあ、島を守るためじゃなくて避けるために飛び上がったんだろうけど……」
深淵の銀光は皇牙を誘導弾のように追尾し、超高空で命中、大爆発を起こしたのである。
「……うふふっ」
ディアドラは何かを思い出しように一笑すると、聖書を閉じ、この場に居る自分以外の者へ視線を向けた。
「…………」
黄金の髪をした巫女が無言で立ち尽くしている。
彼女は何かに耐えるような、堪えるような表情をしていた。
「怖いの?」
ディアドラは優しげでありながら意地悪げな笑顔で、黄金の竜(エアリス)に一言尋ねた。
「う……く……っ」
エアリスはディアドラを睨みつけるなり怒鳴り返そうとしたようだが、口から声が出てこないでいる。
「あらあら、凄い武者震いね〜」
「くっ……」
口惜しそうに視線を逸らした金髪巫女の全身は小刻みに振るえていた。
「うふふっ、ちょっと意地悪だったわね。竜種であるあなたには無理のないことなのに……」
「…………」
エアリスは修道女を恐怖して震えているのではない、先程、夜空で爆散したはずの存在を畏怖嫌厭(いふけんえん)しているのだ。
あの存在が『誕生』して以来、彼女の震えが止まることはない。
「うふふっ、怖くて怖くてこの場から一歩も動けない、これ以上1ミリだってアレに近づきたくない……でも、主人の元へは駆けつけたい、彼の安否が気になって仕方ない……本当、なんて健気で可愛い愛玩動物(ペット)かしら〜」
「……ぐっ……っ……」
「そのくらいにしておいたら? 動物は良くも悪くも本能には逆らえないのだから……」
白衣を着込んだ青髪青眼の少女が、いつの間にかこの場に加わっていた。
「あら、優しいのね、メディアちゃんは〜」
「ええ、わたしは優しいお医者さんだもの」
「それ言うなら、私は慈悲深き修道女(シスター)よ〜」
メディカルマスターとドールマスターは視線を交わすと、同時に悪戯っぽい微笑を浮かべる。
「……がああっ!?」
小刻みに振るえていたエアリスが、突然ビクリと今までと違う反応(震え)を見せた。
突然、後方に生まれた威圧的で巨大な存在を、彼女は寒気として感じ取ったのである。
「あら……」
ディアドラは、エアリスを震わした存在(来訪者)に興味深げな視線を向けた。
「何よ、人に伝言頼んでおいて……」
メディアは少し不満そうに、意外と可愛い膨れっ面を浮かべる。
「あなたが無能だから任せておけないのよ」
それが『彼女』の第一声だった。
「なぁっ……」
「それから、あなたの可愛いこぶった膨れっ面……見てて虫唾が走るわ」
彼女は、不快げな表情で『吐き捨てる』ように言う。
「わ……悪かったわね……」
「悪いと思っているなら、死んで詫びなさい」
「…………」
「ふん、あなたなんかと会話している時間(暇)は私にはないのよ」
そう言うと、彼女はメディアをはじめとするこの場の全員を無視して、森の奧へと歩き出した。



「少しだけ驚いたわ……人間(雑菌)にしては大した威力ね」
銀光の消えた闇夜に、漆黒の翼に包まれた皇牙が浮いていた。
漆黒の翼は、月明かりさえなき闇の世界で自ら光り輝いている。
「ふん……」
皇牙は身を守るように全身をくるんでいた翼を解放すると、優雅に羽ばたかせながら地上へと降り立った。
「なるほど、深淵銀砲(シルバーブラスター)に耐えられた秘密はその『翼』ですか?」
コクマが全てを見透かしたように呟く。
「ええ、そうよ、この黒翼は天使や悪魔のような飾り(力の象徴)でも、鳥のように空を飛ぶためのものでもない……」
背中の黒翼が再び、皇牙の首から下の全身を包み隠した。
「まさか、翼を構成する羽の一枚一枚が『鱗』とは気づきませんでしたよ」
皇牙の黒翼は羽毛にしては金属的な光沢を放ちすぎている。
「そう、この黒翼こそ、この世でもっとも硬く、あらゆる力を遮断する最強にして無敵の黒鱗外皮(スケイルコート)!」
彼女を包む黒鱗(黒翼)が前面だけ僅かに左右へと開いた。
その様は、漆黒のコートかマントを羽織っているかのようである。
「言っておくけど、ただこの世でもっとも硬いだけの物質じゃないわよ。一枚一枚にあたしの強い想念が籠もっている……この意味が解る?」
「ええ、物理法則を無視する干渉も、あなたの想念……意志力を凌駕しない限りは全て無効化されるということですね」
物理法則を無視する干渉……主に現象概念などのことだ。
『斬る』や『砕く』という現象(概念)そのものである想念の力は、物理をはじめとするあらゆる法則を無視する。
例えば、剣の現象概念を持つゼノンなら、普通の鋼の剣で神柱石や異界竜の鱗すら切り裂くことが『理屈』の上では可能だ。
「あたしの想い(意志)は誰にも負けない……故にこの黒鱗外皮(スケイルコート)もまた無敵なのよ!」
想念の力である現象概念に抗えるのもまた、同じ想念の力だけである。
斬るという相手の想念(意志)に対して、自分はそんなものでは斬られないと強く『思い(想い)込む』ことで抵抗するのだ。
斬る、斬れない(斬られない)という二つの意志がぶつかり合い、より強い意志ののみが現象(結果)をこの世界に生じさせる。
現象概念同士の戦いは、意志の強さだけが全てを決めるのだ。
「ふん、無敵か……面白い。なら、俺にも見せてもらおうか、その強さをっ!」
「おやっ?」
コクマが空へと飛び上がると、巨大な旋風(螺旋状の風)が森を蹂躙しながら真下を駆け抜ける。
「ちっ!」
皇牙は迫る旋風を避けようともせず、黒鱗外皮を完全に閉ざしその場に踏み止まった。
旋風が皇牙に正面から激突する。
「ぬ……うううぅぅ……」
皇牙は旋風の渦に呑まれることも、弾き飛ばされることもなく、凄まじい負荷(風)に逆らってその場に留まり続けている。
「……はああああっ!」
気合いを込めた発声と共に、旋風が弾け飛ぶように消滅した。
「……皇鱗を痛めつけた人形と同じ理屈の技? 花びら(闘気の刃)入りじゃないけど……風力自体は人形より少し上ね……」
合体した今の皇牙には、皇鱗の全ての記憶が自身の記憶として存在している。
「でも、いまのあたしにはこの程度の風、足止めにもならないわよ!」
皇牙は右手を突きだすと、掌から青い光弾を前方へと撃ちだした。
「足止め? 今のはただの挨拶代わりだ」
旋風によって蹂躙されてできた『道』の先に立っているのは、銀髪の青年。
「アルテミス」
「うん!」
青年の背後から、青銀色の髪をした幼い少女が飛び出すと、青銀色の幅広い剣へと転じて彼の左手に握られた。
青き月光(銀光)の一閃。
皇牙の放った光弾が、青年の直前で真っ二つに両断されて消滅した。
「……あたしの闘気弾を『消した』……?」
ただ単に両断されただけなら、その瞬間に爆発するか、二つに分かれた光弾が青年の後方の大地か木々に激突し爆発するはずである。
爆発せずに、音もなく消滅するなどありえないことだった。
「普通にかわすか、弾いたら……流れ弾でこの森が消し飛んでしまうからな……面倒だが綺麗に消してやった……」
銀髪の青年はゆっくりとした足取りで、皇牙へと近寄ってくる。
「消す……ねえ……その剣の力……?」
「ああ、そうだ……十神剣中最高の防御力を持つ静寂を司る神剣、静寂の夜(サイレントナイト)のな……」
「サイレントナイトだと!?」
「アルテミス?」
声をあげたのは、大地に力無く座り込んでいるラッセルと、その横にいつの間にか出現して彼を支えている深紅の少女ネメシスだった。
「ふん、バイオレントドーンとその使い手か……この程度の化け物に遅れを取るとは情けない奴らだ……」
ラッセルとネメシスは一瞥すると銀髪の青年は酷薄な微笑を浮かべる。
「な、なんだとっ!?」
「邪魔だから退いていろ……そこのトゥールフレイムの使い手と異物もだ……」
銀髪の青年は視線は皇牙に向けながら、ラッセル達だけでなく後方のコクマとシャリト・ハ・シェオルにも退くように命じた。
「ええ、ではお任せしましょう……ガルディアの黄金騎士、ソードマスター、ガイ・リフレインさん」
コクマは微笑を浮かべて、この場から姿を掻き消す。
「…………」
シャリト・ハ・シェオルは少し不服そうな表情をしていたが、コクマの後を追うように消失した。
「…………」
「…………」
ガイは涼しげな微笑で、皇牙は少し不愉快げな表情で、相手を見つめる。
「……じゃあ、始めるか?」
「ええ、少しはあたしを愉しませなさいよ、人間(雑菌)!」
周囲に互い以外の気配が消えたのを確認すると、最強の剣士と最強の生物は戦闘を開始した。



「フッ!」
「はああっ!」
振り下ろされた青銀色の剣を、漆黒の爪刀と化した皇牙の左手が受け止める。
皇牙はすかさず、右手の爪刀でガイの左胸を突き刺そうとするが、右手が伸びきった時にはすでにガイの姿はその場になかった。
「遅い」
背後に声と気配を感じた瞬間、青銀色の剣が皇牙の銅を斬り捨てようと振り切られる。
「つっ!」
だが、皇牙は他ならぬ剣の背に左手を叩きつけて、その勢いだけで空へと跳び離れた。
「……烈風!」
ガイは空に向かって剣を振り、剣風の刃に皇牙を追撃させる。
「ふん」
皇牙は左手の裏拳であっさりと烈風(剣風の刃)を横に弾き飛ばした。
「そんなそよ風が効……くっぅ!?」
いきなり背中に斬りつけられた青銀色の剣を、皇牙の黒翼が独自の意志を持つかのように動き受け止める。
地上に居たはずのガイがいつの間にか皇牙の背後に回り込んでいたのだ。
「ちぃっ!」
皇牙は黒光りする太い尻尾でガイの頭部を薙ぎ払おうとする。
しかし、それより早くガイは皇牙の頭上に移動し、彼女の脳天を左足で踏み抜くように蹴飛ばした。
「あうぅぅっ!?」
「はあああっ! 烈! 烈! 烈っ!」
地上に向かって落花していく皇牙に対して、ガイは続けざまに烈風を解き放つ。
皇牙の姿は、地上に激突するよりも早く直撃した剣風の巻き起こした爆発の中に呑み込まれて見えなくなった。
「まだまだっ! 烈烈烈烈っ!」
ガイは爆発の中に向かって、さらに烈風を連続で叩き込み続ける。
止むことのない烈風の爆撃が広がり、森を無惨に蹂躙していった。
「……いつまで撃っているのよ?」
闇夜に生まれる青い明かり。
ガイの遙か頭上に、皇牙が漆黒の翼を羽ばたかせて浮いていた。
彼女の左掌の上には、青い光球が輝いている。
「次はこっちの番ね!」
青い光球は輝きの激しさを増しながら、直径25pほどの大きさまでに圧縮されていった。
「皇帝(カイゼル)……」
皇牙は光球を頭上高く放り上げる。
「……竜撃球(スパイク)!!!」
跳躍し光球に追いつくと、皇牙は右手を鞭のように振り下ろし光球に叩きつけた。
「避けたければ避けてもいいわよ、その代わりこの島は跡形もなく消し飛ぶけどねっ!」
打ち出された光球は、物凄いスピードでガイへと襲いかかる。
「…………」
ガイは静寂の夜を正眼に構えると、剣の背を正面に向けた。
「……反(カウンター)……」
青き光球を剣の背で受け止めると、押してくる力に逆らわずゆっくりと捻るような感じで剣を引き寄せる。
「三重奏(テルツェット)!!!」
そして、剣にまとわりつく光球を振り払うように勢いよく振り下ろし、皇牙に向けて光球を『打ち返し』た。
「なあああっ!?」
光球はガイに向かって飛来した三倍以上の速さで皇牙へと到達し、直撃すると青い輝き(大爆発)で夜(黒)を染め尽くす。
「おい、準備運動はこれくらいでいいだろう……?」
「……そうね、そろそろ本番と行きましょうか……」
地上に戻っていたガイを追うように、青き大爆発の中に消し飛んだはずの皇牙が何事もなかったように無傷で地上へと降り立った。
極東を跡形もなく吹き飛ばす光球を三倍の威力に倍加されて叩きつけられても、今の彼女にとってはちょっとびっくりした、少しだけ痛かった程度でしかないのである。
「ちなみに皇帝竜撃球(カイゼルスパイク)は、本当は皇鱗と二人で放つ『遊び技』よ」
「ふん、一人で打っていたら、スパイクでなくサーブだな……」
「でしょう? 一人で球遊びしてもあんまり面白くないのよね」
「…………」
「……じゃあ、もっと楽しい殺し合い(遊び)を始めましょうか……」
「楽しいかどうかは保証できないが……満足はさせて(余裕はなくさせて)やるさ……」
二人の死闘はまだ始まってもいなかった。














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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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